
AIで変わる不動産業界――変革の波に乗るSaaS戦略 #3
#不動産テック #インタビュー #いえらぶの人 #いえらぶのビジネス #生成AI
2025.07.02 WED
第3回 AIには代替できない人間の価値――「ヒューマンタッチ」の重要性
アルゴリズムを超えて――人が持つ不変の価値
第1回では、AIが不動産業務の現場でどのように活用されているかを整理し、第2回ではAIとブロックチェーン、IoTといった先端技術との融合による業界変革の可能性を探ってきました。
▼第1回 AI時代の到来――「今」を理解する
https://www.ielove-group.jp/blog/detail-04828
▼第2回 AIが導く不動産テックの未来像――深化する統合と業界再編
https://www.ielove-group.jp/blog/detail-04834
第3回のテーマは「AIには代替できない人間の価値」。AI技術が進化を続けるなかで、かえって存在感を増している「人間ならではの強み」、すなわち「ヒューマンタッチ」の本質に迫ります。今回は、営業や顧客対応の現場に立つ市原を迎え、AI時代における「人間にしかできないこと」について議論していきます。
INDEX
1.AIが苦手な領域と人間の本質的な強み
2.AIとの「協働」が生む現場の変革といえらぶの取り組み
3.AIを「使いこなす力」の育成と「最終判断」の重要性
4.「人間らしさ」の再定義とサービス価値の未来
5.次回予告
6.関連情報

株式会社いえらぶGROUP
和田 健太郎
2014年いえらぶGROUPにエンジニアとして新卒入社。開発とマネジメントの両面で早期から成果を上げ、多様なチームを率いて事業成長に貢献。自社のクラウドサービス開発だけでなく、大企業向けの大規模システム開発も主導する。
2024年から執行役員に就任。プロダクト開発全体を統括するとともに、いえらぶGROUPのAI戦略責任者として、生成AIをはじめとする先端技術の事業実装を推進。高度な知見と豊富な経験を活かし、不動産業務に革新をもたらすソリューション開発の最前線を担っている。大阪大学大学院理学研究科数学専攻修了。

株式会社いえらぶGROUP
市原 聡史
2013年いえらぶGROUPに新卒入社。約7年間新規営業部内のマネージャーを務め、いえらぶCLOUDの利用社数拡大を牽引。大手不動産会社との大型契約も数多くまとめ上げた。2020年からはインサイドセールス部門を立ち上げ、責任者に就任。
近年はAI技術に深く精通し、インサイドセールス部門全体の最適化と効率化を推進。顧客ニーズに応じたAIによる顧客エンゲージメントの最適化や、通話ログ解析による戦略的なデータ活用で、チームのアポイント獲得率を大幅に底上げ。AIを活用した営業組織の革新をリードしている。
1.AIが苦手な領域と人間の本質的な強み
――第3回は、営業・マーケティングの現場に立つ市原さんを迎え、AI時代における「人間ならではの価値」をテーマにお送りします。
和田 よろしくお願いします!
市原 よろしくお願いします。今回はどうして私が呼ばれたんでしょうか?
和田 開発だけでなく営業やマーケティングも横断してAIに触れている人は限られていて、その点で市原さんの視点は貴重だと感じたからです。加えて個人的に型にとらわれないアイデアマンといえば市原さんだなということでご依頼しました。
市原 恐縮です(笑)。確かに、日常的に「AIと一緒に働く」実感は増えていますね。部署によって見える景色が違うからこそ、こうやって話すことでAI活用のアイデアがさらに広がりそうで面白いですね。
――AI技術の進化が目覚ましい中で、それでもAIが苦手とする領域、そしてそこから見えてくる人間の本質的な強みについて、最初にお聞かせください。
和田 生成AIの特性を考えると、その弱点が見えてきます。ChatGPTをはじめとする生成AIのほとんどは、学習データとして「インターネット上から取得できる情報」を使っています。そのため、「ネット上に存在しない知識」や場の雰囲気といった「暗黙知的な情報」の扱いは苦手です。
市原 確かに、私たちが顧客に「課題はありますか?」と質問したときの相手の「表情」「声色」「間」といった情報は言語化されることがないため、当然ですがインターネット上には載っていません。
和田 そうなんです。特に不動産購入のような大きな意思決定では、論理だけでなく感情が判断を左右する場面が多いため、こうした微細な変化から「本当はどう思っているのか」を感じ取る「勘どころ」は、まさに人間ならではの「ヒューマンタッチ」が求められる領域だと強く感じますね。
市原 人以外で言えば、数値化されていない「エリアの雰囲気」もそうですね。不動産会社がお客様に物件を紹介する際に、例えば、「この学区はデータ的には問題ないが、実情を踏まえて顧客にどう伝えるべきか迷う」といった不動産会社からの声もよく聞きます。数字では測れない実感や周辺の空気感は膨大な前提情報から成り立っており、「なんだか違うな」という直感はやはりAIよりもベテラン営業の感覚に分がありそうです。
――では、人間の感覚的な部分はAIに劣ることはない、と考えて良いでしょうか?
市原 どうでしょうね。ただ、今のAIの進化速度を考えると、ChatGPTが相談された情報を学習データとして取り込み続ければ、いずれはそういった「感情」まで言語化して最適な答えを提案してきそうで少し怖い気もします。
和田 各社の生成AIサービスは情報をどんどん蓄積して成長し続けています。だから、この苦手分野もあくまで「現時点」の話。本当に大切なのは、インターネット上にはない、自分にしかない経験をAIに追いつかれないようにし続けることかもしれません。
市原 AIは進化を止めませんからね。追い付かれないように常に新しい経験を積み重ねていくって、ものすごく大変ですよね(笑)。
和田 それは間違いないです。ただ、新しい経験をするといっても何も「海外旅行をする」とか「起業する」といった大掛かりなことだけを指すのではありません。経験とは「今、この会話の相手は何を考えているんだろう?」といったことを考えながら、よく観察し、丁寧に言語化していくこと。そういう風に捉えれば、経験材料は無限にあると考えています。
2.AIとの「協働」が生む現場の変革といえらぶの取り組み
――AIが苦手な領域が明確になったところで、ここからは、いえらぶ社内でAIとどのように共存し、協働しているかについて教えてください。
和田 開発部門では、CursorというAIコーディングエージェントを活用し、要件定義から開発、コードの整合性確認までを実施しています。重要な点は「AIを信じすぎない」ことです。出力内容を必ず確認するためのレビュー体制を整え、チェック工程を開発フローにどう組み込むか、常にPDCAサイクルを回しています。
市原 営業部門でもAI活用は進んでいます。議事録の要約、問い合わせ対応履歴の整理、競合情報のファクト整理など、AIが業務を下支えしてくれる場面は非常に多いです。ただ、そのぶん「何をどう聞くか」が格段に重要になりました。
――AIが最適な回答を生成してくれるような質問力、つまり「プロンプトエンジニアリング」の重要性ということでしょうか?
市原 はい、その通りです。求める情報を得るためには、どんなキーワードをどう組み合わせて入力するかが問われます。この「問いを立てる力」にはスキル差があり、それがそのまま成果の差につながっていると実感しています。
和田 開発でも同じで、「どんな意図で、どんな構造でプロンプトを作るか」によって精度が大きく変わります。AIを活用しつつも、正確さや網羅性、さらには意図の伝わりやすさを保つために、常に試行錯誤を重ねています。
市原 よくあるのが「AIは完璧じゃないから使えない」と利用を断念してしまうケースです。「100点満点でなければ使えない」という思考が、AI活用のブレーキになってしまうんですよね。
和田 むしろ、「完璧を求めない姿勢」が活用のコツです。生成AIを積極的に使ってタスクを時短し、そのぶん思考や提案に時間を充てる。そうした活用の姿勢を全社で体感できたのが、先日の社内ハッカソンだと思います。
ハッカソンとはエンジニアや営業などがチームを組み、短期間でアイデアを具現化するイベントです。今回は「現場で真に役立つAIとは何か」をテーマに、社員が自由にAIを活用したサービスの立案・開発を進めました。
市原 あれは面白かったです。営業やサポートのメンバーも一緒になって、自分たちの課題から発想してプロトタイプを作っていく。AIをテーマにしたアイデア創出とプロトタイプ作成ですが、その根幹はまさに人にしかできないプロセスだと感じました。
和田 そうそう。正解がない中で課題を自分で見つけ、実際に手を動かしてみる。AIにはリスクとトレードオフを伴う意思決定や、最後までやり抜く責任感のようなものがないので、ハッカソンで発揮されたこういうプロセスはAIにはできないことだと再認識しました。
市原 「自分たちで意思決定してプロジェクトを動かす文化」が、いえらぶにあるのは大きな強みですね。こういう挑戦を繰り返していくことが、結果としてAIを使いこなす組織を育てていくのだと思います。
▼すべての開発プロジェクトにAI搭載IDE「Cursor 1.0」を本格導入
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000618.000008550.html
▼AIハッカソンについて詳しくはこちら
https://www.ielove-group.jp/blog/detail-04830
3.AIを「使いこなす力」の育成と「最終判断」の重要性
――AIを単なるツールとしてではなく、真に「使いこなす」組織として成長するためには、具体的に何が必要でしょうか?また、人材育成の観点からはどうアプローチしていますか?
市原 いえらぶ社内でも、AI活用の成果にばらつきが出てきたと感じています。特に営業では、資料作成や競合分析でAIを活用できている人とそうでない人で、提案の質や業務スピードに差が生まれてきました。
和田 開発でも同様ですね。生成AIを巧みに活用してタスクを効率化し、その分の時間を思考や提案に充てているチームは、成果の質・量ともに高いと感じます。成果の違いは、「使いこなし」の視点があるかどうかに左右されていると思います。
市原 そうですね。それを単なる「個人の意識の差」で片づけるのはもったいないと考えています。やはり、組織として使いこなす力をどう育てていくかの視点が非常に重要です。
和田 逆に言えば、適切な仕組みがなければ、どんなに優秀な人でもAIの活用が一時的なものに終わり、期待するような成果に繋がらないことがあります。実際、インプットだけで満足し、AIのアウトプットを業務に活かせない人も多いのが現状です。
――では、「使いこなし力」を組織として育てる具体的なアプローチはありますか?
市原 これまでと違って、「AIでつくった成果物」だけでなく「AIに出した指示」についてもフィードバックをするよう心がけています。検索力や言語化力、そして「問いを立てる力」まで含めて育てる必要があると感じていて、とくに若手はそこを重点的にサポートしています。
和田 私が他に重視しているのは、AIの出力を安易に鵜呑みにしない「最終判断力」をどのように育成していくかという点です。BCGの調査では、経営者の多くが「AIリテラシー不足」や「生成AIの活用タイミングの不透明さ」を生成AI導入の主要な課題として挙げています。([BCG『AI at Work: 2024 CEO Outlook』]より)。最終的には個人または会社としての成果物として提出することになるため、説明責任の観点からも必ず人が最終的な判断を下すという意識が不可欠です。
市原 同感です。もっと言えば、AIの提案に対して「なぜそれを選んだのか」「どこを直したのか」を言語化できる人が、今後ますます重宝されると思います。そのような考える力を日々の業務のなかで鍛えられる環境を組織として整備することが必要ですね。
和田 私たちが理想とするのは、AIと人間が明確な役割分担のもと、互いの得意領域を最大限に活かして協働する姿です。AIは繰り返し作業やデータ処理を、人間は判断や創造性に注力する。こうした「人間らしい仕事」に専念できる環境をつくることが、いえらぶの目指すAI活用のあり方です。
4.「人間らしさ」の再定義とサービス価値の未来
――AIの「使いこなし力」が組織的に高まる中で、その先に存在する「人にしかできない仕事」や「人間らしさ」がもたらすサービス価値について、どのように捉えていますか?
市原 私はやはり、「共感力」や「傾聴力」といった人間特有の感受性が今後ますます重要になると考えます。これらは自然に身につくものではなく、意識的に育てる必要があります。特に若手の育成では、そういった力を日々の業務のなかで引き出す関わり方や、評価・フィードバックの仕組みが重要ですね。最近では、ロールプレイングや振り返りシート、共感力チェックシートなどを導入し、応対中の質問や反応を可視化するといった工夫をしている会社も増えています。
和田 結局は実践の積み重ねが重要ですよね。それに、「地域の肌感覚×提案力」や「誠実さ×スピード感」といったような「人間的スキルの掛け算」という意識がより一層求められていると感じます。複数の強みを組み合わせることで、初めて差別化できるケースも多いですからね。
――たしかに、そうした掛け算によって生まれる「人ならではの強み」が、これからの現場ではますます重要になりそうですね。
和田 実際、「従来型のスキルでは不十分である」と感じている企業は多いはずです。例えば、LinkedInと世界経済フォーラムの調査では、70%の企業が「今後求められるスキルを再定義する必要がある」と回答しています([Chief Economists Outlook (January 2025)]より)。もはや「知識があるだけ」「作業が速いだけ」では差別化できないという危機感があるんですよね。
市原 私は少し別の角度から、そうしたスキルを「どう活かすか」の部分にも注目しています。単に掛け合わせるだけではなく、それをどう意味づけるか。例えば、提案の背景や判断理由をきちんと説明できる力。これは「意味をつくる力」として、今後ますます求められていくのではないでしょうか。
和田 その視点は非常に重要ですね。企業の取り組み状況を示すデータも参考になります。例えば、Gallagherの「Workplace Learning Report 2025」では、AI導入が加速する一方で、導入における最大の課題として「熟練したAI人材の不足」が挙げられています。さらに、リーダーのほぼ半数(約46%)がAIスキルを最優先事項としており、単なるトレーニングの量だけではなく、AIを深く理解し、その意味を考えて活用できる力の重要性が一層高まっていることがわかります。
――AIの活用が加速する中で、「人にしかできない仕事」や「人間らしさ」がもたらすサービス価値はどのように変容し、未来の不動産業界でどのような理想的な協働の形が生まれると考えますか?
市原 AIが定型業務や情報整理を担ってくれるからこそ、私たちは本来人間が持つ「共感力」や「傾聴力」といった「人らしさ」に集中できます。目の前の顧客と深く向き合い、その背景にある真のニーズまで汲み取った提案を行う。このような「数字では測れない価値」こそが、顧客に選ばれ、信頼を築く不動産サービスの未来を形作ると確信しています。
和田 まさしく、そうした「人間ならではの強み」を活かすことが、AIとの協働によって生まれる新たな不動産サービスの価値創造に直結します。地域の特性や顧客の背景を深く読み解き、個別の状況に応じた最適な提案をする場面では、依然として人間の直感や豊富な経験が不可欠です。不動産業界において、このような「ヒューマンタッチ」こそが、顧客との長期的な信頼関係の源泉となり、最終的なサービス価値を決定づけるものとなるでしょう。
いえらぶは、AIがその可能性を最大限に引き出す「下支え」となり、不動産会社が「人間にしかできない本質的な価値創造」に集中できる環境を提供することで、共に未来の不動産サービスを築いていきたいと考えています。
5.次回予告
第4回では、不動産の枠を飛び越え、他業界のAI活用の最前線に目を向けます。物流・医療・小売・製造といった分野では、すでにAIが現場を大きく変えつつあります。
不動産業界が取り入れるべき視点とは何か?業界外の事例に目を向けることで、自分たちの現在地や可能性がより明確に見えてきます。そんな視野を広げるきっかけをお届けします。
関連情報
7月16日(水)に和田も登壇!AI時代の「使いこなし力」を磨く、次世代の人材育成セミナー
本記事で触れた「AIとの協働」や「人間ならではの価値」をテーマに、公益財団法人日本賃貸住宅管理協会 常務理事の三戸部正治氏、そして一般社団法人日本ディープラーニング協会 専務理事の岡田隆太朗氏をお招きし、生成AI時代に求められる人材育成の最適解を議論します。
・生成AI導入で現場の仕事はどう変わる?
・AI活用で人員削減?役割の変化とは?
・現場と経営のAIギャップ、どう埋める?
・AI導入のリスクと成功のポイントは?
といった疑問に対し、各分野の専門家が実践的な知見を提供します。セミナー後の懇親会では、登壇者や参加者との交流を通じて、具体的な課題解決のヒントを見つけられます。AIと共に成長する組織を築き、未来をリードしたいと考える方は、ぜひこの機会にご参加ください。
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7月16日(水)「生成AI時代の人材育成」イベント開催!日管協・JDLA登壇|いえらぶGROUP
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